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zoom RSS 「オベリスクとエッフェル塔」について

<<   作成日時 : 2006/07/29 12:18   >>

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オベリスクとエッフェル塔」に、hamachanさんから、コメントをいただきました。

何か、誤解があるような気がします。

現在の日本の生活保護制度は普遍的なものであることは、承知しています。そして、それに賛成です。運用には問題があるのかもしれませんが、それなら、おっしゃるとおり現行法の趣旨に添って適用すべきだと思います。

エッフェル塔とオベリスクのたとえが分かりにくかったのかもしれませんが、私のお伝えしたかったイメージは、こんなものでした。

オベリスクは、何か単一の政策・制度で「健康で文化的な最低限の生活」を保障しようというもの。対象者に最低賃金、年金、生活保護のどれかを適用するという発想を指しています。

エッフェル塔は、様々な政策・制度を組み合わせて「健康で文化的な最低限の生活」を保障しようというものです。一人の、あるいは一つの家庭に最低賃金、年金、生活保護その他様々な政策・制度を組み合わせて適用していけばいいという発想を象徴させようとしたものです。一本の鋼材が一つの政策・制度であるとお考え下さい。

私の主張は、労働市場の状態を踏まえて無理のない最低賃金を設定して、企業に遵守させ、それで足りなければ法の規定通り生活保護を与えればいいではないかというものです。

現在、最低賃金は時間単位で設定されています。このことの是非については議論があり得ますが、一応現行制度がそうでそから、これを前提に考えます。

仮に計算を簡単にするために、保護の水準を240万円とします。週40時間、52週として2,080時間とします。すると必要な最低賃金額は、1時間当たり1,150円です。

こうしたところで、実際2,080時間働く口があるかどうか分かりません、健康状態が悪ければそんなには働けないということもありますし、全く働けないケースが大半を占めているはずです。

また、対象者が年金を受け取っていたり、財産を持っていたりすれば、最低賃金をこんなに高くする必要はないということになります。

家族の構成なども様々で、それに応じて必要な額は違ってきます。最低賃金という単一のレートを適用する単純な制度で、様々な条件の個人や世帯にきめ細かに対応することなど不可能です。

そもそも、単一の制度では「健康で文化的な最低限度の生活」を保障することは無理なのだから、様々な制度を組み合わせた結果、ちゃんとそれが保障されるようになっているかどうか、そういう発想で政策・制度をチェックすべきだというのが私の主張です。

その際、一つ一つの政策・制度が持つ別の政策目標が達成できているか、弊害が発生していないかも検討すべきでしょう。

別に(労働時間を仮設した上で計算される)最低賃金と年金と生活保護の水準が一致している必要はありません。

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内 容 ニックネーム/日時
現在ヨーロッパで雇用政策の最大の論点になっているのは「メイクーワーク・ペイ」だということはご存じだと思います。その稼得賃金が生活保護以下である労働者にとって、精一杯働いても僅かしか稼げず、残りを生活保護で補填するという選択肢と、それならいっそ働かずに全額生活保護で面倒見て貰うという選択肢があれば、他の条件が同じであれば後者を選択するでしょう。これが福祉の罠とか不活動の罠といわれて、今日の雇用政策と社会政策の最重要課題であるのはご存じの通りです。
hamachan
2006/07/31 10:26
だから、メイク・ワーク・ペイが問題になるわけですが、この辺の感覚が日本人には、というか、もっとはっきり言うと、日本の雇用政策研究者にどこまできちんと認識されているかが大変心許ないのが現状なんですね。平家さんがそうだと申し上げるわけではないのですが、あまりにもあっさり、最賃で足りなければ生活保護で出せばいいじゃない、みたいな発想でおられるので、ちょっと心配になります。
実は、某研究機関の研究員が、この「メーク・ワーク・ペイ」を「労働を給与にする」とか訳しているのを見てひっくり返ってしまいました。をいをい、労働が給与にならなかったら賃金不払いでしょうが。働くことが「ペイ」する、つまり働かないよりも働く方が得になるように制度設計するというコンテクストが、日本の専門家にも理解できていないというわけなんですね。
ことほどさように、メイク・ワーク・ペイは雇用政策関係者に理解されていないのですが、それ以上に福祉関係者にも理解されていなくって、無慈悲な強制労働政策だと思われているみたいです。そういう無理解の中で、ワーキングプアが断層の中でもがいているというのが日本の姿なんでしょう。
hamachan
2006/07/31 10:26

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