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zoom RSS 「「「オベリスクとエッフェル塔」について」について」について

<<   作成日時 : 2006/08/01 19:02   >>

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「「オベリスクとエッフェル塔」について」について」に、またまた、hamachanさんからコメントをいただきました。堂々巡りではなく、一歩一歩、前進しています。

私の今の理解では、hamachanさんはこういう風に考えていらっしゃるようです。

まず、目標ですが、こういう制度を作ることです。一方で「健康で文化的な最低限度の生活」を保障しつつ、しかも、働いて稼いで暮らしを立てようという意欲を失わせないために、国民の負担を減らすために「メイク ワーク ペイ」となるような制度です。

その際の問題点として、最低賃金、失業保険、生活保護がバラバラに制度設計され、運用されていると、境界線上でモラルハザードが発生し「メイク ワーク ペイ」にならない。

(注1)このとき、「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されていると考えてられるのかどうかよく分かりません。たとえ保障されていてもモラルハザードが横行するような制度では、負担する国民の不満が大きくなり、また、負担も重くやはり国民の支持を得られなくなって、永続できないと、思われているのかもしれません。
(注2)私は、三つの制度に並んで、年金も加えたいと思います。所得保障の重要な制度ですから。

ついでですが、このあたりhamachanさんにご見解を聞きたいところです。

そこで対策ですが、これらの制度をあたかも一つの制度のように制度設計し、運用しなければならない。

このような対策をとる場合の留意点ですが、各々の固有の目標を貫徹した制度にはできなくなる。そういう意味で、個々の制度の純粋性は失われるが、それは我慢しなければならない。

hamachanさん、これでいいですか?

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内 容 ニックネーム/日時
実をいうと、私は「健康で文化的な生活」なんてのは決めの問題だと思っています。世界各国を見れば、様々な生活水準があるわけで、絶対的な基準なんてのがあるわけではない。むしろ、自分の稼ぎで暮らしていながら、これが健康で文化的な最低限度なんだよと国家がお墨付きを出した水準以下の生活をさせられているという相対的剥奪感の方が重要だというのが出発点です。
その意味で、私は働いている人の方が働いていない人よりも「いい目」を見られるような制度設計が最重要だろうと思います。とはいえ、生産性を遙かに上回るような賃金の支払いを使用者に強制することはできません。社会的に正しくても経済的に正しくない。そこで、その隙間を在職給付という形で埋めることになります。あくまで低賃金就労者に対する就労奨励のための手当であって、生活保護ではない。働かなければ切られる。その財源は、他の制度を一切いじらないのであれば、現行生活保護から持ってくるしかないでしょう。
hamachan
2006/08/02 09:50
一方で、生活保護自体を単なる贈与の領域から交換の領域に持ってきて、何らかの行為に対する対価として支給するんだという性格を明確にする必要があります。生活保護をいわば国民失業保険という風に考えるわけです。一般的には求職活動ないし教育訓練受講の対価という風に位置づけられるでしょう。もっともこの辺は受給者の状況が様々でしょうから、もう少し検討する必要はあるでしょう。
ここで問題になるのが、もはや働けないような高齢者はどうするのか、ということでしょう。平家さんが年金との関係を持ち出されたのもそこを念頭に置かれているのだと思います。私は、年金制度の不備を生活保護が補っているという状況自体が不合理なのだと思いますが、そっちが当面動かしようがないのであれば、そこは対価性を求めるのは無理かな、とは思っています。
hamachan
2006/08/02 09:50
hamachanさん、少し質問が。
在職給付で埋める「その隙間」とは賃金と何の隙間ですか?
働かず、求職活動などをしない人にはいっさい給付をしないということですか?
交換の領域に持っていくとして、提供するもののない病人はどうするのでしょう?
平家
2006/08/03 07:04
端的に言うとそういうことです。あとのご質問ともつながりますが、老齢や障害のためそもそも全く就労を要求できない人、つまりいかなる意味でも交換の領域にいない人は、そういう社会的贈与の仕組みで面倒を見るべきでしょう。年金の不備を生活保護で補い、本来生活保護で面倒見るべき就労可能な人を追い出してきたのがおかしいという考えです。
hamachan
2006/08/03 09:17
hamachanさん、お返事ありがとうございます。
ところで「隙間」は、働く能力を持っている人に対する給付の差ですね?働けない人に対する給付ではなく。
平家
2006/08/03 13:51
賃金との隙間ですから当然就労可能な人を想定しています。
恐らく平家さんは、年金が少なすぎて生きていけない隙間を生活保護で埋めるという発想があるのだと思いますが、それは年金を(賃金と同様)全て交換の領域で考えるかどうかという問題でしょう。
年金とはかけた保険料が戻ってくるものなりと考えれば、同様の隙間が原理的にあり得ます。年金とは世代間の連帯であり、最低保証のあるものと考えれば、年金制度自体に隙間はあり得ないことになります。これは年金観の違いから来るものです。
hamachan
2006/08/03 15:48
hamachanさん、お返事ありがとうございます。
平家
2006/08/03 16:57

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