不正、軽率、失敗

 何らかの判断に基づいて行為(行動)したとき、それを評価するには、少なくとも三つのアスペクトがある。

 まず、その行為が何らかの規範、ルールに従って行われたかどうかであり、ここに問題があれば、それは不正ということになるだろう。
 不正であるかどうかにかかわらず、検討されるべきは、判断を下すときに、十分な考慮をしたか、慎重に考えたかどうかだ。問題があれば、それは軽率という批判を免れないだろう。
 最後に、その行為によって、目的が達成されたか、達成されたとしても思わぬ副作用が発生したかという評価の基準があり、問題があれば、それは失敗と評価されるだろう。

 社会の秩序という観点では、不正がもっとも深刻だろう。では不正の判断はどのように行われるべきか?
まず、どのような行為がいつ行われたかを明らかにしなければならない。事実をしっかりと確認すべきで、その結果は、過不足なく、余計な修飾語を付け加えたりせずに淡々と報告されるべきである。なお、「いつ」が重要なのは、規範やルールはときに変更されることがあり、その行為にどの規範を適用するかが問題となるからである。
 次に、その行為に適用すべき公の規範やルールを明確にしなければならない。「公の」というのには二つの意味がある。一つには、このような規範、ルールは国などによって決められたものでなければならない。単に、世間の感覚に合わないから不正とはいえない。まして、俺様の気に食わないから不正とはならない。フォイエルバッハが言ったように「法律なくして犯罪はない」のである。もう一つの意味はその規範、ルールは公開されていなければならないということだ。国民の知りえぬところで法律が作られ、それに基づいて処分が行われるということは、国民主権の民主主義の国、日本であってはならない。
このようにして明らかにされた行為が、公の規範、ルールに違反していて初めて、その行為を不正ということができるのだ。
 

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