賃金と労働生産性

「賃金低迷の根本的な原因は日本企業の生産性の低さだ。」という主張が盛んに行われている。この主張は視野が限定されている。生産性が賃金を決めるという一面だけを見て、賃金が生産性を決めるというもう一つの面を見ていないのだ。

このような主張の例としては、2021年3月18日の日本経済新聞の社説 「生産性高める改革で賃金上昇に道筋を」がある。次のように述べている。
     新型コロナウイルス禍による景気の先行きの不透明さを反映し、2021年春の賃上げが低調だ。政府が経済界に賃金増額を要請した「官製春闘」のときの賃上げの勢いは失われている。賃金低迷の根本的な原因は日本企業の生産性の低さだ。企業が付加価値を生む力が高まらない限り、継続的な賃金上昇は望めない。生産性を高める改革に官民で取り組む必要がある。

 賃金が労働生産性が決まる典型的な例を示そう。いま、機械を一台導入すると20人の労働者を減らしても、これまでと同じだけの生産量を維持できるとする。導入すると労働生産性は上昇する。ここでの生産性は物的な生産性で、機械の価格や賃金は無関係だ。

 この機械を導入したときのトータルコスト(ランニングコスト、減価償却費、購入資金の借り入れに伴う金利など)が月当たり300万円だとする。労働生産性が上がるとしても、この機械を導入するのが経営上得策だとは限らない。導入するなら、導入のコストを賄ってさらに利益が出ないといけない。仮に一人当たりの賃金が月10万円であれば、導入により節約できるのは20人×月10万円で、月当たり200万円だけだ。月300万円の導入費用は生み出せない。したがって、導入せず、労働生産性を上げないのが合理的な経営判断だ。

 では、賃金が月20万円ならどうか?節約できるのは、20人×一人月当たり20万円で、400万円だ。導入コストを上回る経費削減ができる。導入して、労働生産性を高めるのが賢明だ。

 これは単純な例だが、賃金が高いと、費用をかけて労働生産性を高めるのが合理的、低ければ労働生産性を高めるために費用を掛けるべきではないとなることを示した。この場合賃金が労働生産性を決めるのであってその逆ではない。

 労働生産性が賃金を決めるという因果も、無論ある。双方向の因果関係があり、経済全体では、労働生産性と賃金は同時に決定される。一方の関係だけを見た議論は危険だ。何の費用もかけずに労働生産性を上げられるなら話は別だが、それは夢でしかない。労働生産性の向上は天から降っては来ない。

 一国の経済を考えれば、低賃金・低労働生産性という均衡もあり得る。低い労働生産性を低賃金でカバーして経営を成り立たせるというやり方だ。過去の日本であれば明治、大正時代の経営だろう。しばらく前の中国や韓国、現在の開発途上国、ベトナムやミャンマーなどがこの例だ。高賃金・高労働生産性という均衡も可能だ。現在の西欧、アメリカ、しばらく前の日本がその例だ。そして、生活の水準は後者の方が高いのは自明だろう。

 現代の日本のリーダーたちは将来の日本がどちらになることを望んでいるのだろう。人口が減り、近い将来労働力人口が減っていくことが予想されている日本では、高賃金・高労働生産性の方が望ましいと思う。しかし、政治的には、低生産性の事業に低賃金の労働力を提供し、そのまま存続させるのが望ましいのかもしれない。

 なお、低賃金・高労働生産性を望むのは構わないが、それが実現できると考えるのは間違いだ。

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